学生時代に調べても、当てはまるものが見つからず
私は大学で心理学を専攻しました。大きな理由は「興味があったから」です。それまでの経験で学んだことのない分野だったし、自分自身についても知りたいことがありました。このときは先々、就活に苦労することなど特に考えもしていませんでした…。
心理学の授業では自閉症やADHD、うつ病、機能不全家族など、なにか自分に当てはまる項目がないかとあれこれ探してみましたが、どれも当てはまらず。10個の項目のうち、いくつかは当てはまっても、大きな特徴に合致しませんでした。社会人になってからHSPという概念を知って心底ほっとしました。
私はいたって健康で、恵まれた環境で育ち、人より少し気にしすぎる傾向があるだけなんだと考えていました。その頃、「まじめ系クズ」という言葉が流行っていたので、自分はまさにそのとおりだと思い、その言葉を使っていました。
自分で調べられる範囲のことを調べ、人間関係や進路に悩んだとき、様々な改善策を試して自分に合うものを見つけるようにしました。もっとも簡単なストレス解消方法は甘いものを食べることだったので、大学時代の一時期は体重が増えてしまいました。
発達障害でもなく、ADHDでもなく、うつ病でもなく、特に学習障害もなく、なんらかの症状が出ているわけでもありません。それがなんだか腑に落ちませんでした。みんな心の中では、私と同じように悩み苦しんでいて、それを知られないようにうまく生活しているんだろうと考えていました。
HSPは20~25%ほどいると考えられているので、実際に私と同じように悩んでいた人もたくさんいるはずです。大学時代は小さなことでクヨクヨ悩んでいるのは、私の個性でもあるのだとなるべくポジティブに思考を変換していました。このもやもやとした悩みの原因を調べても見つからず、半ば諦めていたものが、まさか見つかるとは思っていませんでした。
学校生活は普通を心がけて、休む勇気はなかった
小学校から高校まではずっと公立でしたが、学校生活が苦手だなと感じる場面が多く学校は好きではありませんでした。私立なら学校生活を楽しめたとも思えません。
教室の中に同級生が40人、たくさんの人が周りにいることがもともと苦手だと感じていました。騒がしい教室よりも、静かな授業中のほうが好きだったのを覚えています。
「学校に休まず通っている頑張りを褒めてほしい」と真剣に思っていました。毎日同じことを繰り返している方が安心でしたし、母親に学校へ行きたくないと伝える勇気がありませんでした。集団行動ができないわけではないので、できるのにやらないのは甘えなんだと思っていました。
正直、騒がしい教室の何がそんなに嫌なのか、誰かに納得してもらえるような説明ができませんでした。ただ、「疲れる」というだけでは、体力がないからだと言われてしまったでしょう。精神的な疲労というのは誰にでもありますが、その大きさを説明するのは難しいです。小中学生であれば、なおのことではないでしょうか。
私はあまりスポーツが得意ではなく、そのことで両親にたびたび体力や筋力のなさを指摘されていました。実際運動神経はそこまでよくなかったです。自分でも体力がないことで疲れるんだろうな…と考えていました。当時は他に理由が思いつきませんでした。
運動神経がよくないだけで、運動そのものは嫌いではなかったのですが、一番自分に合っているなと感じたのはマラソン大会でした。チームでやるスポーツより、マラソンのような1人で走る競技が好きでした。100メートル走、200メートル走ではタイムが遅くて後ろから数える方が早かったのですが、2000mくらいになると上位に入ることができました。散々運動神経がないと言われてきたので、自分にも得意なものが見つかって嬉しかった記憶があります。
思春期ならではの悩みと混同してしまう
自分の存在意義や、将来のことなどで悩む時期、ちょっとしたことが気になるのは「思春期だから」という理由で片付けてしまいがちです。ささいなことで悩むのは本当に思春期だけが原因なのでしょうか。中学生だった私が、かつて真剣に悩んでいたのは「そういう時期」だったからというだけではなかったんじゃないかなと、今では思います。
HSPを知った今だからそう思うだけで、それ以前は誰にでもそういう時期があるのだと解釈していました。そう考えなければ、自分がおかしいということになってしまう気がしました。
今でも人の表情から感情を読み取って落ち着かない気持ちになることがあります。原因と対処法を知らなかった頃と比べると、ずっと自然に対処できるようになりました。以前はその日の夜に寝付けなくなるほど気にして、考えすぎて眠れなくなることがありました。どんなに考えても正解が出せる事ではないにも関わらず、どうすればよかったのかと考えていました。今は気にしても解決できないのだとよく理解して、自分自身でコントロールできないことに心をとらわれないよいに気をつけています。
進学先のことを考えなくては行けない時期になって、何が自分に向いているのか、将来何がしたいのかを考えました。学校生活や部活動で、集団の中にいると疲れてしまうことには気づいていましたが、それは自分がまだ未熟で、経験が少ないからだと思っていました。努力が足りないから、変えようという気持ちが足りていないからだと自分を責めることもありました。
自分自身について知ることができて安心する感覚
学生時代は第一印象を聞くと「冷たい人」と言われたことが何度かありました。私にとっては「冷たい人」といわれたことがショックだったので、自分が人に冷たい印象を与えている理由を考え、無意識に怒ったような表情をしていたことに気づきました。それからは、なるべく口角を上げるように心がけるようにしたりしました。
その頃ちょうど「人は見た目が9割」という本が話題になっていたので、簡単に変えられそうなところからチャレンジしました。結果として、表情を意識するだけで人からの持たれる印象は多少変わったように感じます。ひとつ大きかったのは、まずは自分自身でどうにかできることを少しだけ頑張ってみて、それが成功した(と思えた)ことです。
周りに人や環境に敏感になるばかりで、自分で変えられる部分について気にすることで気持ちに変化がありました。その環境になんとしてでも馴染む必要はなく、自分自身で居心地のいい環境を探す、作ることが大事です。変えられない環境の中で、無理して自分を変えようとしても苦しいだけです。合わせようとしすぎて自分が先に疲れ切ってしまうのが目に見えています。ずっと自分の努力が足りない、我慢が足りないから、こんなに疲れるんだと思っていました。しかしそれは思い込みにすぎませんでした。協調性が足りないから疲れてしまうのだと信じこんでいましたが、実際は真逆だったのかもしれません。
そういう思い込みがあったからか、HSPという存在を知って安心しました。努力が足りないせいではなかったんだと言われた気がしました。忍耐力とか協調性が足りてないわけじゃないと考えることができるようになりました。少しずつでも、自分の性格を肯定的に捉えることができて、物の見方も変わってきたように感じます。
受け止め方に正解はなし、それぞれ違っても仕方ない
私は自分がHSPだと知って安心しました。それは長らく悩んできたことの答えが出たと思えたからです。それまで自分なりの対処方法を考えて行動していましたが、それらがあながち間違いではなかったとわかったとき、ほっとしました。嫌なことから逃げてばかりでダメな人間だと自分で自分を責めてもいいことはひとつもありませんでした。
大学で心理学を専攻したことで、知識だけは得ることができたため、自分の内面を知ることができたのは大きかったです。ある授業で自分の欠点と思っていた性格を肯定的に捉えることができました。正確には、すでにその欠点を自分なりに前向きに受け止めていたことに気づきました。
過去に自分の引っ込み思案な性格がどうにも治らず、恥ずかしく思っていたこともありました。けれども、それは無理して治すような病気ではなかったし、今思えば大した問題ではありませんでした。恥ずかしいと思っていたのは、「社交的であるべきだ」という思い込みがベースにあったからです。子供の頃からそういう場面を経験してきたから、そうあるべきという考えが定着したのでしょう。
私の場合は母親がとても社交的でした。周りの環境にもよりますが、社交的な人のほうがいいと思う人もいれば、物静かで控えめな方が好ましいという人もいます。どういう受け止め方をするかは人それぞれ違っているので、そのために悩んでも仕方ありません。
わりと恵まれた学生時代だったと思います。友達もいたし、勉強も得意でした。大きな問題もなく、無難な学校生活を送ることができました。ただ、学校という場所や環境は自分に合っていなかったと感じます。今となっては頑張って学校へ通った意味がきっとあったんだと思うしかないです。もっと他の道があったかもしれませんが、これから先のことを考える方が有意義です。
今は過去にあったことを分析するよりも、この先どう過ごしていくかを考えています。もちろん、過去にあったことをしっかり受け止められるようになった方がいいです。それから自分にできる範囲で行動を変えることが大切だと思います。自分と全く同じ考え方を持つ人はいません。私は人の意見に左右されてばかりいたとき、とても苦しかったので、二度とそうならないよう気をつけています。これからも自分に正直でいられるようにつとめようと思います。